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名古屋地方裁判所 昭和53年(わ)925号 判決 1979年4月27日

被告人 渡邊正夫

昭一二・一一・一二生 無職

佐藤豊昭

昭一三・二・一八生 喫茶店店員

主文

被告人渡邊正夫を懲役二年六月に、被告人佐藤豊昭を懲役一年四月に処する。

被告人渡邊正夫に対し、未決勾留日数中九〇日をその刑に算入する。

被告人佐藤豊昭に対し、この裁判の確定した日から三年間その刑の執行を猶予する。

被告人両名から、

押収してある健康保険厚生年金保険被保険者資格取得届一通(昭和五三年押第二五四号の一)、健康保険被保険者証二通(前同押号の三、二四)、健康保険被保険者証滅失再交付申請書二通(前同押号の四、五)の各偽造部分を、

被告人渡邊から、

押収してある健康保険被保険者証滅失再交付申請書一通(前同押号の七)、健康保険厚生年金保険被保険者資格取得届三通(前同押号の八、一八、一九)、約束手形一通(前同押号の一四)、健康保険被保険者証再交付申請書二通(前同押号の一五、一六)、健康保険被保険者証三通(前同押号の二〇、二二、二三)の各偽造部分、健康保険被保険者証一通(前同押号の二一)の変造部分および白色結晶性粉末覚せい剤二袋(前同押号の一二、一三)を

それぞれ没収する。

理由

(罪となるべき事実)

第一  被告人渡邊正夫は、昭和五三年三月一九日ころ、名古屋市瑞穂区軍水町二丁目八九番地の当時の同被告人方(以下単に被告人渡邊方という。)において、行使の目的をもつてほしいままに、かねて自己が三輪治巳から弁済のため受領していた約束手形番号BD〇七八三四、金額七〇万円、支払期日白地、支払場所株式会社中京相互銀行城北支店、振出名義人名古屋市西区香呑町二丁目三七番地有限会社石津建材代表取締役三輪治巳の記名印および代表取締役印の押捺された約束手形の振出人記名印欄をインク消し及び消しゴムを用いて抹消し、その跡に「名古屋市北区辻町八丁目61番地株式会社東京光音名古屋現像所代表取締役井上庄二」と刻したゴム印を押捺し、右手形の支払期日欄に昭和「53・5・20」とゴム印を押捺し、もつて株式会社東京光音名古屋現像所代表取締役井上庄二振出名義の約束手形一通の偽造を遂げたうえ、同月二〇日ころ、同市南区港東通り一丁目一五番地コートウビル一階の喫茶店エミにおいて、堤保こと李泰基に対し、右約束手形一通を真正に振出されたもののように装い手交して行使し、右手形の割引を依頼し、同人をしてその旨誤信させ、よつて同人から、即時同所において、右手形の割引金の一部金名下に現金二〇万円、同月二一日ころ、被告人渡邊方において、その残金名下に現金三八万八、〇〇〇円、合計現金五八万八、〇〇〇円の交付を受けて、これを騙取した。

第二  被告人両名は、共謀のうえ

一  昭和五三年四月五日午前一一時過ぎころ、被告人渡邊方において、行使の目的をもつてほしいままに、健康保険厚生年金保険被保険者資格取得届用紙の、事業所番号欄に「492」、健康保険被保険者証の記号欄に「瑞とうら」、被保険者の氏名欄に「佐藤信雄(サトウノブオ)」、「佐藤幸則(サトウユキノリ)」、「平山恵子(ヒラヤマケイコ)」、右各被保険者の生年月日欄の不動文字「昭」をいずれも〇で囲んだうえ順次「18・10・07」、「15・08・23」、「32・05・02」、資格取得年月日欄にいずれも「53・03・31」、報酬月額欄に順次「150、000」、「175、000」、「76、000」、提出年月日欄に「53・4・5」と、それぞれボールペンで記入し、事業所所在地、名称、事業主氏名欄に「名古屋市瑞穂区中根町1丁目7番地株式会社東洋カラー現像所代表取締役蠣崎信雄」と刻したゴム印を押捺し、その名下に丸型の代表者印影を顕出させ、もつて株式会社東洋カラー現像所代表取締役蠣崎信雄作成名義の右佐藤信雄外二名が、被保険者の資格を取得した旨の健康保険厚生年金保険被保険者資格取得届一通を偽造し、同日午後二時ころ、同市南区柵下町三丁目二一番地笠寺社会保険事務所において、被告人佐藤豊昭が同事務所第一業務課適用係員寺西幹雄に対し、これを真正に成立したもののように装つて提出して行使した、

二  昭和五三年四月五日午後六時過ぎころ、同市中区葵一丁目二〇番一九号芝電ビル三階株式会社大新クレジツトビユーロー新栄店において、同店店長高宮義博に対し、同日被告人佐藤が、笠寺社会保険事務所から交付を受けたあとさらに、その事業所欄に「株式会社東海カラー現像所」と記入した佐藤幸則を被保険者とする健康保険被保険者証を示し、自己があたかも右会社に勤務する佐藤幸則であるように装つて金一〇万円の借用方を申し込み、右高宮をしてその旨誤信させ、よつて、即時同所において、同人から借用金名下に現金一〇万円の交付をうけて、これを騙取した、

三  昭和五三年四月六日午前一一時ころ、同市北区金城町二丁目一三番地の被告人佐藤方において、行使の目的をもつてほしいままに、被告人渡邊が、前日笠寺社会保険事務所から交付され保険者の名称及び印欄に「愛知県(熱田社会保険事務所)」と記載され、その名下に愛知県の公印が押捺されてある、佐藤信雄を被保険者とする健康保険被保険者証の被保険者氏名欄に記載されていた「佐藤信雄」の「佐藤」をカツターナイフ等で削り消し、その跡にボールペンを用いて「高須」と記入し、資格取得年月日欄に記載されていた「昭和53年3月31日」の「5」を前同様に削り消し、その跡に「4」とゴム印を押捺し、同様の方法で交付年月日欄に記載されていた「昭和53年4月5日」の「53」の「5」を「4」と、「4」を「8」とゴム印を押捺し、事業所欄に「名古屋市北区辻町八丁目61番地株式会社東京光音名古屋現像所」のゴム印を押捺し、もつて、愛知県(笠寺社会保険事業所)作成名義の昭和四三年三月三一日被保険者の資格を取得した高須信雄に同年八月五日発行した旨の健康保険被保険者証一通を偽造したうえ、

(一) 昭和五三年四月六日午後一時三〇分ころ、同市中村区名駅四丁目一八番一七号「ローンズポスト」において、同店係員福山秀美を介し同店店長安部宗孝に対し、右偽造にかかる高須信雄を被保険者とする健康保険被保険者証をあたかも真正に成立したもののように装つて呈示して行使し、自己が前記東京光音名古屋現像所に勤務する高須信雄であるように装つて金一五万円の借用方を申し込み、右安部をしてその旨誤信させ、よつて、即時同所において、右福山を介し右安部から借用金名下に現金一五万円の交付を受けて、これを騙取した、

(二) 昭和五三年四月六日午後三時ころ、同市中村区名駅三丁目二三番六号第二千福ビル三階エコー実業株式会社名古屋店において、同店係員永川朱実を介し同店店長加藤光男に対し、前記偽造にかかる高須信雄を被保険者とする健康保険被保険者証を前同様に装つて呈示して行使し、自己が前記事業所に勤務する高須信雄であるように装つて金一五万円の借用方を申し込み、これを騙取しようとしたが、右加藤に右健康保険被保険者証の偽造を看破されたため、その目的を遂げなかつた、

第三  被告人渡邊は、

一  昭和五三年四月一七日午前一一時三〇分ころ、同市熱田区伝馬町四丁目一一番地喫茶店スギにおいて、行使の目的をもつてほしいままに、健康保険厚生年金保険被保険者資格取得届用紙の事業所番号欄に「546」、健康保険被保険者証の記号欄に「熱たいれ」、被保険者の氏名欄に「山本和雄(ヤマモトカズオ)」、生年月日欄の不動文字「昭」を〇で囲み「21・01・28」、資格取得年月日欄に「53・03・11」、報酬月額欄に「190、000」、事業所所在地欄に「名古屋市熱田区川並町1番地」、事業所名称事業主氏名欄に「株式会社玉徳商店代表取締役小原力」とそれぞれボールペンで記入し、その名下に丸型の代表者印を押捺し、もつて株式会社玉徳商店代表取締役小原力作成名義の山本和雄が被保険者の資格を取得した旨の健康保険厚生年金保険被保険者資格取得届一通を偽造し、引続き別の健康保険被保険者証滅失再交付申請書用紙の被保険者証記号番号欄に「熱たいら546」、被保険者の氏名欄に「鬼頭弘行」、性別欄の不動文字「男」を○で囲み、生年月日欄の不動文字「昭」を○で囲み「15・2・20」、現住所欄に「守山区小幡小幡ハイツ2」、勤務する事業所の名称、所在地欄に「熱田区川並町1番地株式会社玉徳商店」、資格取得年月日欄に「43・5・10」、滅失理由欄に「病院のトイレで落した」旨、届出人欄に「名古屋市熱田区川並町1番地株式会社玉徳商店代表取締役小原力」とそれぞれボールペンで記入し、その名下に丸型の代表者印を押捺し、引き続き同市熱田区伝馬町四丁目二〇番地熱田社会保険事務所前路上において、前記再交付申請書の被保険者氏名欄に「鬼頭」と刻した有合わせ印を押捺し、もつて鬼頭弘行作成名義の健康保険被保険者証を滅失した旨並びに株式会社玉徳商店代表取締役小原力作成名義の右鬼頭から再交付申請があつたので届出る旨の健康保険被保険者証滅失再交付申請書一通を偽造したうえ、昭和五三年四月一七日午後一時三〇分ころ、右社会保険事務所において、同事務所窓口相談員伊藤智恵を介して業務第一課適用係員伊藤惇に対し、右偽造にかかる健康保険厚生年金保険被保険者資格取得届、健康保険被保険者証滅失再交付申請書各一通を真正に成立したもののように装い一括提出して行使した、

二  昭和五三年四月一八日午前一一時ころ、同市中区丸の内二丁目一八番二二号三博ビル六階ローンズニツコー株式会社において、同社係員加藤和代を介し同社店長久保正に対し、前日熱田社会保険事務所から交付を受けたあとさらにその事業所欄に「高峰会計事務所」と記入した鬼頭弘行を被保険者とする健康保険被保険者証を示し、自己があたかも右事務所に勤務する鬼頭弘行であるように装つて金二〇万円の借用方を申し込み、右久保をしてその旨誤信させ、よつて、即時同所において、右加藤を介し右久保から借用金名下に現金二〇万円の交付を受けて、これを騙取した、

第四

一  被告人渡邊は、昭和五三年四月一九日午前一〇時ころ、同市中村区名駅一丁目所在の名古屋ターミナルホテル一二階一四号室において、行使の目的をもつてほしいままに、健康保険被保険者証滅失再交付申請書用紙の被保険者証記号番号欄に「西たりう1558」、被保険者の氏名欄に「武山一郎」、生年月日欄の不動文字「昭和」を○で囲み「16・10・16」、現住所欄に「名古屋西区葭原町1の23」とそれぞれボールペンで記入してその名下に「武山」と刻した有合わせ印を押捺し、被保険者の勤務する事業所の名称所在地欄に「名古屋市西区葭原町1の23株式会社武山商店」、滅失理由欄に「医院のトイレで落した」旨、届出人欄に「名古屋市西区葭原町1の23株式会社武山商店代表取締役武山一郎」とそれぞれボールペンで記入してその名下に丸型の代表者印を押捺し、もつて武山一郎作成名義の健康保険被保険者証を滅失した旨並びに株式会社武山商店代表取締役武山一郎作成名義の右武山一郎から再交付申請があつたので届出る旨の健康保険被保険者証再交付申請書一通を偽造し、引続き別の前記申請書用紙の被保険者証記号番号欄に「西たりう1558」、被保険者の氏名欄に「武山忠夫」、生年月日欄の不動文字「昭和」を○で囲み「19・1・9」、現住所欄に「名古屋市天白区大根152」とそれぞれボールペンで記入してその名下に「武山」と刻した有合せ印を押捺し、被保険者の勤務する事業所の名称所在地欄に「名古屋市西区葭原町一の二三株式会社武山商店」、滅失理由欄に「医院のトイレに落した」旨、届出人欄に「名古屋市西区葭原町1の23株式会社武山商店代表取締役武山一郎」とそれぞれボールペンで記入してその名下に丸型の代表者印を押捺し、もつて武山忠夫作成名義の健康保険被保険者証を滅失した旨並びに前記武山商店代表取締役武山一郎作成名義の右武山忠夫から再交付申請があつたので届出る旨の健康保険被保険者証滅失再交付申請書一通を偽造したうえ

二  被告人両名は、共謀して、昭和五三年四月一九日午後一時ころ、被告人佐藤が、同市中村区牧野町五丁目一二番地中村社会保険事務所において、同事務所受付係員林治郎を介して業務第一課適用係員田中良典に対し、右偽造にかかる健康保険被保険者証滅失再交付申請書二通をあたかも真正に成立したもののように装い一括提示して行使した、

第五  被告人両名は、共謀のうえ、被告人佐藤が

一  昭和五三年四月一九日午後二時三〇分ころ同市中区丸の内二丁目一八番二二号三博ビル六階ローンズニツコー株式会社において、同社係員三橋円に対し、同日中村社会保険事務所から交付を受けたあとさらにその事業所欄に「高峰会計事務所」と記入した武山忠夫を被保険者とする健康保険被保険者証を示し、自己があたかも同事務所に勤務する武山忠夫であるように装つて金一五万円の借用方を申込み、右三橋をしてその旨誤信させ、よつて、即時同所において、同人から借用金名下に現金一五万円の交付を受けてこれを騙取した、

二  昭和五三年四月一九日午後四時三〇分ころ、同市中村区名駅二丁目四四番五号株式会社レイク名古屋駅前支店において、同店係員岸上登志朗を介し同店店長延原勲に対し、前記武山忠夫を被保険者とする健康保険被保険者証を示し、自己が前記事務所に勤務する武山忠夫であるように装い金一五万円の借用方を申込み、右延原をしてその旨誤信させ、よつて、即時同所において、右岸上を介し右延原から借用金名下に現金一五万円の交付を受けて、これを騙取した、

第六  被告人渡邊は、

一  昭和五三年四月二六日午前零時過ぎころ、被告人渡邊方において、行使の目的をもつてほしいままに、同年四月一七日熱田社会保険事務所から交付を受けた、保険者の名称及び印欄に「愛知県(熱田社会保険事務所)」と記載されその名下に愛知県の公印が押捺されてある、山本和雄を被保険者とする健康保険被保険者証の被保険者氏名欄に記載されていた「山本和雄」の「山」をカツターナイフ等で削り消し、その跡にボールペンで「岡」と記入し、生年月日欄に記載されていた「昭和21年」の「2」を前同様の方法で消し、その跡にボールペンで「1」と記入し、被保険者記号欄に記載されていた「熱たいれ」の「いれ」を前同様の方法で消し、その跡にゴム印で「ほま」と押捺し、同様の方法で資格取得年月日欄の「昭和53年3月11日」の「53」を「30」に、交付年月日欄の「昭和53年4月17日」の「53」を「50」と改め、さらに事業所欄に「北区志賀本通り2―9日本特許開発研究所」とボールペンで記入し、もつて愛知県(熱田社会保険事務所)作成名義の昭和三〇年三月一日被保険者の資格を取得した岡本和雄に同五〇年四月一七日発行した旨の健康保険被保険者証一通を偽造したうえ、昭和五三年四月二六日午後一時ころ、同市中村区名駅四丁目一三番一〇号茗荷会館一階「ローンズコスモ」こと昭和恒産株式会社名古屋支店において、同店店長大屋由紀夫に対し、これを真正に成立したもののように装い呈示して行使し、自己が日本特許開発研究所に勤務する岡本和雄であるように装つて金二〇万円の借用方を申込み、右大屋をしてその旨誤信させ、即時同所において、同人から借用金名下に現金二〇万円の交付を受けて、これを騙取した、

二  昭和五三年四月二七日午前一〇時ころ、大阪市北区芝田一丁目一番三五号新阪急ホテル四階三四五二号室において、行使の目的をもつてほしいままに、健康保険被保険者証再交付申請書用紙の被保険者氏名欄に「長谷川清英」、生年月日欄の不動文字「昭和」を○で囲み「12・9・5」、住所欄に「高槻市栄町4の22の7」と、被保険者証の記号番号欄に「西ふへら」、勤務先の名称欄、所在地欄に「不二産業株式会社」「大阪市西区千代崎2丁目13の5」、資格取得年月日欄に「40・8・1」、滅失理由欄に「医院のトイレで落した」旨、被保険者氏名印欄に「長谷川清英」とそれぞれボールペンで記入し、その名下に「長谷川」と刻した有合わせ印を押捺し、事業主証明欄に「大阪市西区千代崎2丁目13の5、不二産業株式会社代表取締役古賀昇」とボールペンで記入し、その名下に「代表取締役印」と刻した丸型印章を押捺し、もつて長谷川清英作成名義の健康保険被保険者証を滅失したから再交付申請する旨並びに不二産業株式会社代表取締役古賀昇作成名義の右事実を証明する旨の健康保険被保険者証再交付申請書一通を偽造し、引続き別の前記申請書用紙の被保険者氏名欄に「吉川豊憲」、生年月日欄の不動文字「昭」を○で囲み「18・7・28」、住所欄に「大阪市生野区小路東4丁目16の1」、被保険者証の記号番号欄に「西ふへら」、勤務先の名称欄、所在地欄に「不二産業株式会社」「大阪市西区千代崎2丁目13の5」、資格取得年月日欄に「45・9・1」、滅失理由欄に「クリーニングに出して使用不能となつた」旨、被保険者氏名欄に「吉川豊憲」とそれぞれボールペンで記入し、その名下に「吉川」と刻した有合わせ印を押捺し、事業主証明欄に「大阪市西区千代崎2丁目13の5、不二産業株式会社代表取締役古賀昇」とボールペンで記入し、その名下に前同様の丸型印章を押捺し、もつて吉川豊憲作成名義の健康保険被保険者証を滅失したから再交付申請する旨並びに右会社代表取締役古賀昇作成名義の右事実を証明する旨の健康保険被保険者証再交付申請書一通を偽造したうえ、昭和五三年四月二七日午前一一時三〇分ころ、大阪市西区長堀南通四丁目三三番地の堀江社会保険事務所において、情を知らない辻栄子を介して、同事務所適用課第一適用係員奥勇に対し、右偽造にかかる健康保険被保険者証再交付申請書二通をあたかも真正に成立したもののように装い一括提出して行使した、

三  昭和五三年四月二七日午後一時三〇分ころ、前記新阪急ホテル三四五二号室において、行使の目的をもつてほしいままに、同日堀江社会保険事務所から交付を受けた被保険者を吉川豊憲とする健康保険被保険者証の被保険者生年月日欄に記載されていた「昭和18年」の「8」をカツターナイフ等で削り消し、その跡へボールペンで「2」と記入し、資格取得年月日欄に記載されていた「昭和45年9月1日」の数字を前同様の方法で消し、その跡へ「23」「4」「25」のゴム印を押捺し、交付年月日欄に記載されていた「昭和53年4月27日」の「3」を前同様の方法で消し、その跡へ「0」のゴム印を押捺し、さらに昭和五三年五月三日午後一一時ころ、前記被告人渡邊方において、右健康保険被保険者証の記号欄に記載されていた「西ふへら」の「西」をカツターナイフではぎとり、その跡へ別の被保険者証から同様の方法ではぎ取つた「熱」の文字の紙片をのりではり付け、「ふへ」をカツターナイフ等で消した跡へ「きむ」の文字をゴム印で押捺し、事業所欄に記入してある「大阪市西区千代崎2丁目13の5、不二産業株式会社」を前同様の方法で消した跡へ「名古屋市瑞穂区中根町1丁目2番、信崎会計事務所」のゴム印を押捺し、郡道府県の所在地欄に記載されていた「大阪市西区長堀南通4の33」の部分をカツターナイフではぎ取り、その跡へ別の健康保険被保険者証から同様の方法ではぎ取つた「名古屋市熱田区伝馬町4の20」の紙片をのりではり付け、同様の方法で保険者の名称及印欄に記載された大阪府の公印が押捺されていた「大阪府(堀江社会保険事務所)」の部分をはぎ取り、その跡へ別の被保険者証からはぎ取つた「愛知県(熱田社会保険事務所)」と記載され、その名下に愛知県の公印が押捺されている紙片をのりではり付け、もつて愛知県(熱田社会保険事務所)作成名義の昭和二三年四月二五日に被保険者の資格を取得した吉川豊憲に対し昭和五〇年四月二七日発行した旨の健康保険被保険者証一通を偽造したうえ、

(一) 昭和五三年五月四日午後六時ころ、名古屋市中村区名駅二丁目四五番地一〇号川島ビル二階株式会社武富士名古屋駅前店において、同店係員衛藤友子を介し同店店長高橋勇次郎に対し、右偽造にかかる吉川豊憲を被保険者とする健康保険被保険者証をあたかも真正に成立したもののように装い呈示して行使し、自己が信崎会計事務所に勤務する吉川豊憲であるように装つて金二〇万円の借用方を申し込み、右高橋をしてその旨誤信させ、よつて、即時同所において、右衛藤を介し右高橋から借用金名下に現金二〇万円の交付を受けて、これを騙取した、

(二) 昭和五三年五月五日午後一時ころ、同市中村区名駅四丁目八番一〇号白川第三ビル三階オリエンタルローン株式会社において、同社代表取締役小島政長に対し、前記偽造にかかる吉川豊憲を被保険者とする健康保険被保険者証をあたかも真正に成立したもののように装い呈示して行使し、自己が信崎会計事務所に勤務する吉川豊憲であるように装つて金三〇万円の借用方を申し込み、右小島をしてその旨誤信させ、よつて、即時同所において、同人から借用金名下に現金三〇万円の交付を受けて、これを騙取した、

四  昭和五三年五月九日午後一〇時ころ、被告人渡邊方において、行使の目的をもつてほしいままに、健康保険厚生年金保険被保険者資格取得届用紙の健康保険被保険者証記号欄に「新ふから」、被保険者氏名欄に「吉川和雄(ヨシカワカズオ)」、「井上隆雄(イノウエタカオ)」、「長谷川康雄(ハセガワヤスオ)」、「平野良文(ヒラノヨシフミ)」、「高橋英夫(タカハシヒデオ)」、生年月日欄の不動文字「昭」をいずれも○で囲み順次「11・01・08」、「11・11・21」、「12・10・02」、「12・02・21」、「11・01・15」、資格取得年月日欄にいずれも「53・04・28」、報酬月額欄にいずれも「150、000」、事業所名称所在地事業主欄に「株式会社ブルーベル、新宿区西大久保8の25の15、代表取締役」とそれぞれボールペンで記入しその名下に「代表取締役印」と刻した丸型の印章を押捺し、引続き別の前記届用紙の健康保険被保険者証記号欄に「新ふから」、被保険者氏名欄に「近藤隆之(コンドウタカユキ)」、「長谷川豊(ハセガワユタカ)」、「近藤昭(コンドウアキラ)」、「井上功(イノウエイサオ)」、生年月日欄の不動文字「昭」をいずれも○で囲み順次「15・10・11」、「15・01・02」、「12・02・11」、「12・02・18」、資格取得年月日欄にいずれも「53・04・28」、報酬月額欄にいずれも「150、000」、事業所名称所在地事業主欄に「株式会社ブルーベル、新宿区西大久保3の25の15、代表取締役」とそれぞれボールペンで記入しその名下に前記丸型の印章を押捺し、もつて株式会社ブルーベル代表取締役作成名義の健康保険厚生年金保険被保険者資格取得届二通の偽造を順次遂げたうえ、昭和五三年五月一〇日午前一一時ころ、東京都新宿区西大久保一丁目四四八番地新宿社会保険事務所において、同事務所適用課健康保険係員福井清治に対し、右二通をあたかも真正に成立したもののように装い一括提出して行使した。

五  昭和五三年五月一〇日午後五時三〇分ころ、東京都新宿区歌舞伎町五番地第六新井ビル五階ローンズワールド新宿店(株式会社BWL総本部経営)において、同店店長土屋満に対し、同日新宿社会保険事務所から交付を受けたあとさらにその事業所欄に「井上会計事務所」と記入した近藤昭を被保険者とする健康保険被保険者証を示し、自己があたかも右事務所に勤務する近藤昭であるように装い金一〇万円の借用方を申し込み、右土屋をしてその旨誤信させ、よつて、即時同所において、同人から借用金名下に現金一〇万円の交付を受けて、これを騙取した。

第七  被告人渡邊は、昭和五三年五月一〇日午後一一時ころ、被告人渡邊方において、行使の目的をもつてほしいままに、同日新宿社会保険事務所から交付を受けた井上功を被保険者とする健康保険被保険者証の記号欄に記載されていた「新ふから」の「新」をカツターナイフ等で削り消し、その跡へゴム印で「西」と押捺し、事業所欄に「名古屋市北区志賀本通2の9、深沢税理士事務所」とそれぞれボールペンで記入し、資格取得年月日欄に記載されていた「昭和53年4月28日」の「53」をカツターナイフ等で削り消し、その跡へ万年筆で「40」と記入し、交付年月日欄に記載されていた「昭和53年5月10日」の数字を前同様の方法で消し、その跡に「49・8・4」のゴム印を押捺し、都道府県欄の所在地、保険者の名称及び印欄に記載の部分(東京都の公印が押捺されている。)をカツターナイフではぎ取り、その跡に別の被保険者証から同様の方法ではぎ取つた「名古屋市中村区牧野町5の12、愛知県(中村社会保険事務所)」と記載され、その名下に愛知県の公印が押捺されている紙片をのりではり付け、もつて愛知県(中村社会保険事務所)作成名義の昭和四〇年四月二八日に被保険者の資格を取得した井上功に同四九年八月四日発行した旨の健康保険被保険者証一通を偽造したうえ、

一  被告人渡邊は、昭和五三年五月一一日午後三時ころ、名古屋市中区錦三丁目一四番一〇号三高ビル二階ローンズエムワンこと株式会社タカミにおいて、同社代表取締役高見茂之に対し、右偽造にかかる井上功を被保険者とする健康保険被保険者証をあたかも真正に成立したもののように装い呈示して行使し、自己が深沢税理士事務所に勤務する井上功であるように装つて金二三万円の借用方を申し込み、右高見をしてその旨誤信させ、よつて即時同所において、同人から借用金名下に現金二三万円の交付を受けて、これを騙取した、

二  被告人渡邊は、昭和五三年五月一二日午後一時ころ、同市中村区名駅三丁目一五番九号安保ビル三階ローンズリツチことリツチ株式会社名古屋支店において、同店係員早川節子を介し同店店長古橋弘次に対し、右偽造にかかる被保険者を井上功とする健康保険被保険者証をあたかも真正に成立したもののように装い呈示して行使し、自己が前記事務所に勤務する井上功であるように装つて金一八万円の借用方を申し込み、右古橋をしてその旨誤信させ、よつて、即時同所において、同人から借用金名下に現金一八万円の交付を受けて、これを騙取し、

三  被告人両名は、共謀のうえ、被告人渡邊が昭和五三年五月一二日午後二時ころ、同市中村区名駅三丁目一三番二八号名星セブンスタービル一階ローンズスマイル名古屋駅前店(株式会社信和経営)において、同店店員本津敏一を介し同店店長代理吉村に対し、右偽造にかかる被保険者を井上功とする健康保険被保険者証をあたかも真正に成立したもののように装い呈示して行使し、同被告人が前記事務所に勤務する井上功であるように装つて金二五万円の借用方を申し込み、右吉村をしてその旨誤信させ、よつて、即時同所において、右本津を介し右吉村から借用金名下に現金二五万円の交付を受けて、これを騙取し、

四  被告人両名は、共謀のうえ、被告人佐藤が、昭和五三年五月二二日午後二時ころ、同市中区平和二丁目二番四号真水ビル三階ローンズユタカにおいて、同店店員川村龍二に対し、右偽造にかかる被保険者を井上功とする健康保険被保険者証をあたかも真正に成立したもののように装い呈示して行使し、同被告人が前記事務所に勤務する井上功であるように装つて金一〇万円の借用方を申し込み、右川村をしてその旨誤信させ、よつて、即時同所において、同人から借用金名下に現金一〇万円の交付を受けて、これを騙取した、

第八  被告人両名は、共謀のうえ、被告人佐藤が、昭和五三年五月一三日午後一時ころ、東京都中央区銀座三丁目五番五号南風ビル五階株式会社レインボー銀座支店において、同店係員柏崎正明を介し同店店長小野堯司に対し、同年五月一〇日新宿社会保険事務所から交付を受けたあとさらにその事業所欄に「井上会計事務所」と記入した高橋英夫を被保険者とする健康保険被保険者証を示して同被告人が同事務所に勤務する高橋英夫であるように装つて金二〇万円の借用方を申し込み、右小野をしてその旨誤信させ、よつて、即時同所において、右柏崎を介し右小野から借用金名下に現金二〇万円の交付を受けて、これを騙取した、

第九  被告人渡邊は、

一  昭和五三年五月一三日午後一時三〇分ころ、東京都中央区銀座八丁目一三番一号株式会社第一ホテル銀座店五八五一号室において、行使の目的をもつてほしいままに、同年五月一〇日新宿社会保険事務所から交付を受けた保険者の名称及び印欄に「東京都(新宿社会保険事務所)」の記載があり、その名下に東京都の公印が押捺されている被保険者を長谷川豊とする健康保険被保険者証の事業所所在地欄に「新宿区四谷1の21」とボールペンで記入し、事業所名称欄に「井上会計事務所」の有合わせゴム印を押捺し、資格取得年月日欄に記載されていた「昭和53年4月28日」の「5」をカツターナイフ等で削り消し、その跡へ「4」とゴム印で押捺し、交付年月日欄に記載されていた「昭和53年5月10日」の「3」を右同様の方法で消し、その跡へ「0」とゴム印を押捺して資格取得年月日を昭和四三年四月二八日に、交付年月日を昭和五〇年五月一〇日に変更し、もつて東京都の印章のある東京都(新宿社会保険事務所)作成名義の長谷川豊を被保険者とする健康保険被保険者証一通を変造したうえ

(一) 昭和五三年五月一六日午前一一時ころ、東京都中央区日本橋三丁目四番一二号富田ビル五階第一信販株式会社八重洲店において、同店係員木村礼子を介し同店店長吉沢信に対し、右変造にかかる長谷川豊を被保険者とする健康保険被保険者証を真正なもののように装い呈示して行使し、自己が井上会計事務所に勤務する長谷川豊であるように装つて金一〇万円の借用方を申し込み、右吉沢をしてその旨誤信させ、よつて、即時同所において、右木村を介し右吉沢から借用金名下に現金一〇万円の交付を受けて、これを騙取した、

(二) 昭和五三年五月一六日午後二時ころ、同都中央区銀座一丁目八番二〇号片桐ビル三階セイアン株式会社京橋店において、同店係員小林由美子を介し同店係員土一敏則に対し、右変造にかかる被保険者を長谷川豊とする健康保険被保険者証を真正なもののように装い呈示して行使し、自己が前記事務所に勤務する長谷川豊であるように装つて金一〇万円の借用方を申し込み、右土一をしてその旨誤信させ、よつて、即時同所において、右小林を介し右土一から借用金名下に現金一〇万円の交付を受けて、これを騙取し、

二  昭和五三年五月一八日午後一〇時ころ、名古屋市天白区天白町島田字黒石三七八六番地の六二被告人渡邊方において、行使の目的をもつてほしいままに、同年五月一〇日新宿社会保険事務所から交付を受けた長谷川康雄を被保険者とする健康保険被保険者証の被保険者氏名欄に記載されていた「長谷川康雄」の「康」をカツターナイフ等で削り消し、その跡に「憲」と万年筆の青インクで記入し、事業所欄に「北区志賀本通2の9深沢税務事務所」とボールペンで記入し、資格取得年月日欄に記載されていた「昭和53年4月28日」の、「53」と「28」をカツターナイフ等で削り消し、その跡に「32」、「25」のゴム印を押捺し、記号欄に記載されていた「新ふから」の「新」をカツターナイフではぎとり、その跡に「東」とゴム印で押捺し、番号欄に記載されていた「18」の「1」と「8」の間に「6」と万年筆で記入し、都道府県欄及び交付年月日欄に記載された所在地、保険者番号、名称、東京都の公印及び交付年月日の部分をカツターナイフではぎ取り、その跡に別の健康保険被保険者証から同様の方法ではぎ取つた「名古屋市中村区牧野町5の12、愛知県(中村社会保険事務所)」と記載されその名下に愛知県の公印が押捺され、交付年月日欄に昭和五〇年四月一九日と記載されている紙片をのりではり付け、もつて、愛知県(中村社会保険事務所)作成名義の昭和三二年四月二五日被保険者の資格を取得した長谷川憲雄に同五〇年四月一九日発行した旨の健康保険被保険者証一通を偽造したうえ、昭和五三年五月一九日午後二時二〇分ころ、名古屋市中区栄三丁目六番一三号服部ビル五階ローンズワイドこと有限会社ワイドにおいて、同社係員青木奈保美を介し同社店長柳光五に対し、これを真正なもののように装い呈示して行使し、自己が深沢税務事務所に勤務する長谷川憲雄であるように装つて金二〇万円の借用方を申し込み、右柳をしてその旨誤信させ、よつて即時同所において、右青木を介し右柳から借用金名下に現金二〇万円の交付を受けて、これを騙取した、

第一〇  被告人渡邊は、法定の除外事由がないのに、昭和五三年五月二三日午後九時三〇分ころ、名古屋市中村区椿町一七番九号愛知県中村警察署付近において、フエニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤粉末〇・三一一グラムを所持した

ものである。

(証拠の標目)(略)

(健康保険被保険者証の詐欺について)

なお、本件公訴事実中、被告人両名が、昭和五三年四月五日、判示第二の一記載の笠寺社会保険事務所において係員から健康保険被保険者証三通を騙取したとの点(昭和五三年六月一三日付起訴状公訴事実第一のうち詐欺)、被告人渡邊が、同年四月一七日、判示第三の一記載の熱田社会保険事務所において係員から健康保険被保険者証二通を騙取したとの点(昭和五三年九月二五日付起訴状公訴事実第二のうち詐欺)、被告人両名が、同年四月一九日、判示第四の二記載の中村社会保険事務所において係員から健康保険被保険者証二通を騙取したとの点(昭和五三年八月二八日付起訴状公訴事実第一の(二)のうち詐欺)、被告人渡邊が、同年四月二七日、判示第六の二記載の堀江社会保険事務所において係員から健康保険被保険者証二通を騙取したとの点(昭和五三年九月二九日付起訴状公訴事実第一のうち詐欺)、同年五月一〇日、判示第六の四記載の新宿社会保険事務所において、係員から健康保険被保険者証九通を騙取したとの点(昭和五三年九月二九日付起訴状公訴事実第三のうち詐欺)については、いずれも以下に述べる理由により犯罪を構成しないものと解する。

即ち、健康保険被保険者証は、健康保険の被保険者であることを証明することを内容とする公文書であり(健康保険法一三条、一七条、一八条、二一条ノ二、同法施行規則二三条、二三条の二、保険医療機関及び保険医療養担当規則三条参照)、右健康保険被保険者証の交付を受けるためには健康保険厚生年金保険被保険者資格取得届或は健康保険被保険者証再交付申請書を都道府県知事又は健康保険組合に提出してしなければならない取扱いになつており(同法施行規則一〇条、二三条六項)本件で健康保険被保険者証を各騙取したとされる行為もいずれも右の取得届又は申請書を偽造行使して知事(社会保険事務所)から内容虚偽の健康保険被保険者証を作成交付せしめたもので、いわゆる公文書の間接無形の偽造態様に該当するものである。

ところで非公務員が内容虚偽の公文書を取得する目的で、情を知らない公務員に対して、内容虚偽の申立をなし、右公務員をして内容虚偽の公文書を作成させ、右公文書の下付を受けた場合の刑責について考察するに、まず内容虚偽の公文書を作成させた点については、右公文書が刑法一五七条に該当する場合のほかは、刑法に右の如き行為を処罰する旨の一般的規定がないことから不可罰となされていると解するほかはなく、また刑法一五七条二項については解釈上、同項所定の公文書に内容虚偽の記載をなさしめ、さらにその公文書の下付を受ける行為まで当然に包含し、別異に詐欺罪を構成しないとされていることからして(最高裁第一小法廷昭和二七年一二月二五日判決刑集六巻一二号一三八七頁)、同項所定の公文書以外の公文書の下付を受ける行為についてもその公文書が詐欺を別罪として成立させるに足る独自の経済的価値を有するなど特別の場合を除くほかは詐欺罪を構成しないものと解するのが、公文書中重要な文書として規定されている刑法一五七条二項所定の公文書についてその刑罰が一年以下の懲役又は三〇〇円以下の罰金(罰金等臨時措置法により六万円)にすぎないのにそれ以外の公文書については一〇年以下の懲役を法定刑とする刑法二四六条の詐欺罪に問擬されるとなると余りに刑の権衡を害することなどを考慮すると、相当であると思料する。

そこで、本件起訴にかかる健康保険被保険者証が刑法一五七条二項所定の各文書に該当しないことは明らかであるところ、この場合別異に詐欺罪に問擬すべきか否かを検討するに、健康保険被保険者証は、健康保険の被保険者であることを証明する唯一の公的証明書であり、保険医療機関は被保険者から疾病或は負傷に関し療養の給付を求められた場合、健康保険被保険者証の提出を受けて療養の給付を受ける資格があることを確認しなければならないとされているのであるから(保険医療機関及び保険医療養担当規則三条)、被保険者が疾病或は負傷に関し療養の給付を求める際には、保険医療機関に対し先づ健康保険被保険者証を提出することが事実上要請されるのであつて、その意味では社会生活上は重要な文書ではあるものの、本来譲渡性や融通性が認められるものではなく、殊に経済取引において格別の価値を有するものではないのであるから、配給通帳等(大審院昭和一六年三月二七日判決刑集二〇巻七〇頁、最高裁昭和二四年一一月一七日判決刑集三巻一一号一八〇八頁参照)、輸出証明書(大阪高裁昭和四二年一一月二九日判決、判例時報五一八号八三頁参照)の類とは同視できず、未だ詐欺罪を成立せしめるに足る独自の経済的価値を有するものとは認めがたいものといわざるをえない。そうだとすると本件の欺罔手段を用いて下付を受ける行為は詐欺罪を構成しないものというべきである。

しかしながら、右各事実は、判示第二の一、第三の一、第四の二、第六の二、第六の四各偽造有印私文書行使の罪と牽連犯の関係にあるとして、起訴されたものと認められるから、主文において特に無罪の言い渡しをしない。

(法令の適用)

被告人渡邊の、判示第一のうち有価証券偽造の所為は刑法一六二条一項に、偽造有価証券行使の所為は同法一六三条一項に、詐欺の所為は同法二四六条一項に、判示第二の一のうち有印私文書偽造の所為は同法六〇条、一五九条一項に、偽造有印私文書行使の所為は同法六〇条、一六一条一項、一五九条一項に、判示第二の二、第五の一、第八の各所為はいずれも同法六〇条、二四六条一項に、判示第二の三の有印公文書偽造の所為は同法六〇条、一五五条一項に、同三の(一)、(二)、第七の三、四のうち各偽造有印公文書行使の所為はいずれも同法六〇条、一五八条一項、一五五条一項に、判示第二の三の(一)、第七の三、四のうち各詐欺の所為はいずれも同法六〇条、二四六条一項に、判示第二の三の(二)の詐欺未遂の所為は同法六〇条、二五〇条、二四六条一項に、判示第三の一、第四、第六の二、四のうち各有印私文書偽造の所為はいずれも同法一五九条一項に、各偽造有印私文書行使の所為はいずれも同法一六一条一項、一五九条一項(判示第四の二については同法六〇条)に、判示第三の二、第六の五の各所為はいずれも同法二四六条一項に、判示第六の一、三、第七(但し、三、四は除く)、第九の二のうち各有印公文書偽造の所為はいずれも同法一五五条一項に、各偽造有印公文書行使の所為はいずれも同法一五八条一項、一五五条一項に各詐欺の所為はいずれも同法二四六条一項に、判示第九の一のうち有印公文書変造の所為は同法一五五条二項、一項に、各変造有印公文書行使の所為はいずれも同法一五八条一項、一五五条二項、一項に、各詐欺の所為はいずれも同法二四六条一項に、判示第一〇の所為は覚せい剤取締法四一条の二第一項一号、一四条一項にそれぞれ該当するところ判示第一の有価証券偽造とその行使と詐欺との間には順次手段結果の関係があるので、刑法五四条後段、一〇条により一罪として最も刑および犯情の重いと認められる偽造有価証券行使罪の刑で、判示第二の一の有印私文書偽造とその行使との間には手段結果の関係があるので同法五四条後段、一〇条により一罪として犯情の重い偽造有印私文書行使罪の刑で、判示第二の三の有印公文書偽造と第二の三の(一)、(二)の各その行使と同三の(一)の詐欺および同三の(二)の詐欺未遂との間にはそれぞれ順次手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により一罪として最も刑および犯情の重いと認められる同三の(一)の偽造有印公文書行使罪の刑で、判示第三の一の偽造有印私文書の一括行使は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であり、かつ各有印私文書偽造とその各行使との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので、同法五四条前段、後段、一〇条により結局以上を一罪として最も犯情の重い偽造有印私文書行使罪(健康保険厚生年金保険被保険者資格取得届の分)の刑で、判示第四の偽造有印私文書の一括行使は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であり、かつ各有印私文書偽造とその各行使との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので、同法五四条前段、後段、一〇条により結局以上を一罪として最も犯情の重い偽造有印私文書行使罪(武山忠夫名義の分)の刑で、判示第六の一の有印公文書偽造とその行使と詐欺との間には順次手段結果の関係があるので同法五四条後段、一〇条により最も刑および犯情の重い偽造有印公文書行使罪の刑で、判示第六の二の偽造有印私文書の一括行使は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であり、かつ各有印私文書偽造とその各行使との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので、同法五四条前段、後段、一〇条により、結局以上を一罪として最も犯情の重いと認められる偽造有印私文書行使罪(吉川豊憲名義の分)の刑で、判示第六の三の有印公文書偽造と同三の(一)、(二)のその各行使と各詐欺との間にはそれぞれ順次手段結果の関係があるので同法五四条一項後段、一〇条により、一罪として最も刑および犯情の重い同三の(二)の偽造有印公文書行使罪の刑で、判示第六の四の偽造有印私文書の一括行使は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であり、かつ各有印私文書偽造とその各行使との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので、同法五四条一項前段、後段、一〇条により結局以上を一罪として最も犯情の重いと認められる偽造有印私文書行使罪(被保険者氏名欄に吉川和雄外四名の記載された分)の刑で判示第七の有印公文書偽造と同一、二、三、四のその各行使と各詐欺との間にはそれぞれ順次手段結果の関係があるので、同一項後段、一〇条により一罪として最も刑および犯情の重い同三の偽造有印公文書行使罪の刑で、判示第九の一法五四条の有印公文書変造と同一の(一)、(二)のその各行使と各詐欺との間にはそれぞれ順次手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により一罪として最も刑および犯情の重い同一の(一)の変造有印公文書行使罪の刑で、判示第九の二の有印公文書偽造とその行使と詐欺との間には順次手段結果の関係があるので同法五四条一項後段、一〇条により最も刑および犯情の重い偽造有印公文書行使罪の刑でそれぞれ処断することとし、以上は同法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により最も刑および犯情の重いと認められる判示第六の三の(二)の偽造有印公文書行使罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人渡邊を懲役二年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち九〇日を右の刑に算入することとし、被告人佐藤の判示第二の一の有印私文書偽造の所為は同法六〇条、一五九条一項に、偽造有印私文書行使の所為(但し、判示第四の二の所為についても同様)は同法六〇条、一六一条一項、一五九条一項に、判示第二の二、第五の一、二の各所為はいずれも同法六〇条、二四六条一項に、判示第二の三の有印公文書偽造の所為は同法六〇条、一五五条一項、判示第二の三の(一)、(二)、第七の三、四のうち各偽造有印公文書行使の所為は同法六〇条、一五八条一項、一五五条一項に、判示第二の三の(一)第七の三、四のうち各詐欺の所為は同法六〇条、二四六条一項に、判示第二の三の(二)の詐欺未遂の所為は同法六〇条、二五〇条、二四六条一項に該当するところ、判示第二の一の有印私文書偽造とその行使との間には手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により一罪として犯情の重い偽造有印私文書行使罪の刑で、判示第二の三の有印公文書偽造と同三の(一)、(二)のその各行使と同(一)の詐欺および同(二)の詐欺未遂との間にはそれぞれ順次手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により一罪として最も刑および犯情の重いと認められる同三の(一)の偽造有印公文書行使罪の刑で、判示第四の偽造有印私文書の一括行使は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い偽造有印私文書行使罪(武山忠夫名義の分)の刑で、判示第七の三、四の各偽造有印公文書行使罪と各詐欺との間にはそれぞれ手段結果の関係があるのでいずれも同法五四条一項後段、一〇条により刑の重い偽造有印公文書行使罪の刑で、それぞれ処断することとし、以上は同法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により、最も刑および犯情の重い判示第七の三の偽造有印公文書行使罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人佐藤を懲役一年四月に処し、情状により、同法二五条を適用してこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予することとし、押収してある健康保険厚生年金保険被保険者資格取得届一通(昭和五三年押第二五四号の一)は判示第二の一の偽造有印私文書行使の犯罪行為を組成した物、同高須信雄を被保険者とする健康保険被保険者証一通(前同押号の三)は判示第二の三の(一)の偽造有印公文書行使の犯罪行為を組成した物、同健康保険被保険者証滅失再交付申請書二通(前同押号の四、五)はいずれも判示第四の偽造有印私文書行使の犯罪行為を組成した物、同健康保険被保険者証滅失再交付申請書一通(前同押号の七)、同健康保険厚生年金保険被保険者資格取得届一通(前同押号の八)はいずれも判示第三の一の偽造有印私文書行使の犯罪行使を組成した物、同約束手形一通(前同押号の一四)は判示第一の偽造有価証券行使の犯罪行為を組成した物、同健康保険被保険者証再交付申請書二通(前同押号の一五、一六)はいずれも判示第六の二の偽造有印私文書行使の犯罪行為を組成した物、同健康保険厚生年金保険被保険者資格取得届二通(前同押号の一八、一九)はいずれも判示第六の四の偽造有印私文書行使の犯罪行為を組成した物、同長谷川憲雄を被保険者とする健康保険被保険者証(前同押号の二〇)は判示第九の二の偽造有印公文書行使の犯罪行為を組成した物、同長谷川豊を被保険者とする健康保険被保険者証(前同押号の二一)は判示第九の一の(一)の変造有印公文書行使の犯罪行為を組成した物、同吉川豊憲を被保険者とする健康保険被保険者証(前同押号の二二)は判示第六の三の(二)の偽造有印公文書行使の犯罪行為を組成した物、同岡本和雄を被保険者とする健康保険被保険者証(前同押号の二三)は判示第六の一の偽造有印公文書行使の犯罪行為を組成した物、同井上一功を被保険者とする健康保険被保険者証(前同押号の二四)は判示第七の三の偽造有印公文書行使の犯罪行為を組成した物で、いずれも何人の所有をも許さないのであるから、同法一九条一項一号、二項により、前同押号の一、三、四、五、二四の各文書の偽造部分を被告人両名から前同押号の七、八、一四、一五、一六、一八、一九、二〇、二一、二二、二三の各文書の偽造または変造部分を被告人渡邊から、押収してある白色結晶性粉末覚せい剤二袋(前同押号の一二、一三)はいずれも判示第一〇の犯罪を組成した物で被告人渡邊の所有に属する物であるから覚せい剤取締法四一条の六により被告人渡邊から、それぞれこれを没収する。

なお訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書により、被告人両名に負担させないこととする。

(量刑の事情)

一  被告人渡邊の本件各犯行は、有印公文書偽造及び変造六件、同行使一二件、有価証券偽造、同行使各一件、有印私文書偽造、同行使五件、詐欺(未遂一件を含む。)一九件、覚せい剤所持一件という多数回に及ぶ犯行であり、騙取金額も多額である。本件はいずれも悪質な犯行であるが、とくに健康保険被保険者証にかかわる犯行の態様は、計画的かつ巧妙であり、就中被告人佐藤との共同犯行においては被告人渡邊は常に主導的、積極的に行動していたものであつて、同被告人の犯情は重いというべきであり、肯認できる同被告人に有利な諸事情すなわち、本件各犯行に至る縁由が他人の債務の保証人になつたことを原因とする会社の倒産にあつたこと、騙取した金員の大半は生活費、借金の返済等に使われたものであり遊興費等に費消されたものではないこと、本件犯行の時期が昭和五三年三月中ころから同年五月下旬までの短期間に集中していること、業務上過失傷害以外に前科がないこと、家庭事情に同情すべき点があること等を酌量しても主文掲記の実刑はやむをえないものと判断したものである。

二  被告人佐藤の本件各犯行が計画的かつ巧妙であることは被告人渡邊の場合と同様であるが、犯行回数、騙取金額は被告人渡邊に比べると相当少ないし、本件各犯行は被告人渡邊の従属的立場でなされたものと認められること、騙取金額の一部四一万四、〇〇〇円を弁償していること、前科前歴がないことなどの事情を斟酌するときは被告人佐藤については主文掲記の懲役刑に処した上その刑の執行を猶予するのが相当と判断したものである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 水谷富茂人 大渕敏和 岡部喜代子)

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